羈旅―藤田満写真集

大好きな写真集です。
どこかで見たような風景、どこかで見たような写真が続いていく。写真というものは必ずどこかにあるものを撮っているわけだから、どこかで見た風景が写っているというのは考えてみれば当たり前のこと。作者はあえてどこかで見たような風景をばかり選んで集めているように思える。それが実際に名所名跡でまさにそこを見たことがあるところであったり、そこ自体は見たことなくとも既視感を持つようなところであったりする。写真家はどこかで見たような写真だと言われることに臆病であってはならないと思う。変わったことなんかしたって仕方ない。
金村修は都市をごくスタンダードな写し方をして写真に迫っているが、藤田満もその方向から写真に迫っている。ただカメラが違うだけで。違いを言うならば金村は彼の作品群がひとつの群れとしてただひたすらに等価であることでもって写真は同じことの繰り返しであるということを示して見せているが、藤田は既に生産されたイメージに等しいものを古典的な写真技術*1でもって再び生産してみせている。等しい対象が写真集の内部にあるか外部にあるかが異なっている。
プリントは基本的にストレートに焼いているだけだが、細かい注意とテクニックによって支えられていて、見ていて気持ちよい。"写真のハードコア"へ向かっている写真集を選ぶなら金村の"Spider's Strategy"とこれとを選ぶ。
深瀬昌久 "鴉"もハードコアへ向かっているけれど、異常な執念が燃え盛っていて写真と作者へと二つの方向に拡散している。その拡散にこそ"鴉"の魅力はあるのだけれど。僕は"鴉"は世界の写真史に残る傑作だと思っててこの前復刻した時は大喜びしたけれど、ちょっと怖い写真集過ぎて自分の手元に置いておくことはできなかった。
僕が広角レンズとアオリ撮影を好むようになったのはこの"羈旅"から受けた影響が大きい。藤田は広角レンズで写すのが風景を写すのに自然だと思ったと書いているけれど、たしかにそんな気がした。
11×14で撮影して密着焼きでプリントを作っているとのことだが、写真集はプリントの原寸大そのままか、少々の変更しかないはず。印刷のクォリティも高い。ただし問題もあって、藤田は温黒でプリントしているが、この写真集では冷黒のように見える。それとさすがに市販価格も高い。
ちなみに日本カメラ誌上で金村は藤田の写真を見て大喜びした体験を語っています。

羈旅―藤田満写真集

羈旅―藤田満写真集

*1:11×14で撮って密着焼き。ただし165mmや210mmの超広角レンズを使っている。昔はそんな超広角なんて利用可能じゃなかったので、本当の古典写真は標準レンズで撮られている。