建築か、革命か

「建築か、革命か。」

ル・コルビュジエはこんな肩肘張ったというか、自分の仕事が世界の中心にあると信じた発言をしたわけだけれど、それはまさに19~20世紀前半らしいモダンの産物であったと思う。モダンの時代とは、富永健一などが論じるように「合理性がその中心を獲得した時代」であったわけで、建築もまた合理的なものへと生まれ変わらなければならなかった。建築には常にその本質があり、それを具現化することこそが建築家の仕事であったのだ。ル・コルビュジエは世界を正しく作り変えるための武器として建築を志向したのだ。まあル・コルビュジエ自身はその時点で特に際立った仕事をしていたわけでもなかったようなのだが*1、それは措いておきたい。

さてここで合理性とは何者かであるかということについてもまた議論が必要になるかもしれないが措いておきたい。

革命というのも一般的に革命として参照されるフランス革命、無血革命、清教徒革命に限ればただのクーデターなどとは異なって旧態依然とした非合理な社会システムを破壊しその代わりに正しい社会システムを設計し直すことを志向した。ル・コルビュジエの"Architecture or revolution."というのも世界を正しく作り直すということだ。建築と革命は同義語であって、二者択一の形式をとりながら、その実同じことが別の見え方で現れているに過ぎない。ル・コルビュジエ自身は革命は避けられる、と言っている。しかしいわゆる革命は避けられても建築というかたちでの革命を目指していた。

いまやル・コルビュジエのパリ再設計論は暴挙として認識されていて、僕もそう思う。でもそれと同時にル・コルビュジエの夢見たパリはどんなものであったろうかと僕も夢を見る。低層住宅を破壊して高層建築を集中的に作り、それで余らせたスペースを緑化するというのが基本的な案だった。多分、偉大な建築家が夢見ながらも実現しなかったユートピアへの単なる憧憬なんだろうけれど、僕は作り直されたパリはどんな風に見えただろうかと空想する。それが実現していたら恐らくはナチスユダヤ人を抹殺して作ろうとした妄想のゲルマン国家と同じく壮大なデストピアになったのだろう。でも僕はそれを夢見る。ユートピアへの憧憬がむしろデストピアを生むと知っていてもなおユートピアを求める。

地上と楽園が一つになることは無い。楽園を地上に実現することはできない。それを知るから、その絶望の先の希望が芸術として灯されるのだろうと思う。楽園を現実に享受することを諦める代わりに芸術で満足するのだ。

人間、少なくとも僕には楽園は許されていない。芸術だけが許されている。