富士フイルムPRO400

富士フイルムのPRO400(PN400N)をずっと使ってきました。僕にとってこれがもっとも標準的なフィルムであり続けてきました。
粒状性が良いにもかかわらず感度もそこそこはあります。そして発色はおおむねニュートラルです。露出寛容度は特に広いわけではなく、特にアンダーでは一気に画が壊れます。このアンダーでの失敗は何度かしました。ISO400設定よりもISO280設定の方が色が出るので僕はISO280で使ってきました。他の銘柄を使ってみても少し気難しいながらも美しいこのPRO400の良さを思い出して戻ってきました。もうこれが僕にとっては標準的なフィルムとなり過ぎてしまって、何が良くてこれを使っているのかもよく分からなくなっています。
選べる規格も135、120、220とロールフィルムでは主要なところはしっかり揃っていました。135では1本売り、5本パック、20本パックとラインナップされ、重宝していました。ブローニーでは220も出ていたのでとても重宝しました。一体何本、何コマをこのPRO400で撮影してきたかもう分かりません。大判カメラを使った時、PRO400のシートフィルムが無くこれは困ったと思ったこともありました。
このPRO400ですが、もう生産販売は終了だそうです。PRO400Hに置き換えるとのことです。このPRO400Hも試用してみてとても良いフィルムだと思いますが、PRO400とはやはり違います。色の違いと調子の違いは気になります。色が重要な撮影ではPRO400とPRO400Hのコマを混ぜて並べると違和感が出ます。細かくエマルジョン管理まではしなかった僕でも別のフィルムだとはっきり認識できます。今のところPRO400Hは220が無いために撮影の仕方も少し変わるでしょう。PRO400で撮り続けてきたシリーズのためにPRO400を買い置きしておきました。冷凍保存なので期限は多少超過しても使えます。とりあえず買い置きしたPRO400の在庫で何とかこのシリーズは終えられそうです。
使い続けてきた感材が終了してしまうのはとても残念です。今後の制作に影響を受けます。しかし富士がここまでPRO400を製造してくれたおかげで足の遅い僕でも一つのシリーズをフィルムの変更無しに終えられそうです。むしろ感謝の念を抱きます。
写真は大量生産・大量消費の工業システムに乗ることでその品質と経済性を保っているものです。だからあるフィルムが経営的に継続困難となるとどれだけ愛着を持とうとも無くなり、作家はその影響を受けます。これは大量生産・大量消費の工業システムに組み込まれた営為としての写真の本質です。「何のフィルムを使っていますか?」と質問することは写真家に対するにあまり趣味の良いものではないとされます。たしかにフィルムの銘柄を一緒にしても一緒の写真が撮れるわけではありません。また写真を見ずにその画質を見ているだけでもあるかもしれません。しかし、それでも、どのフィルムを使っているかというのはその写真家の意思の表れでもあるのです。そしてその意思は工業システムに組み込まれることではじめて表出できるのです。少しフィルムを知った人ならば、その写真を撮るためにどのフィルムを使ったのかというのはその意図を読み解くヒントにもなるのです。
僕のPRO400への愛着は終焉せざるをえなくなりました。工業システムがこれ以上PRO400で続けることを許してくれなくなりました。それでも、僕のネガは向こう2,30年は褪せずにPRO400で撮ったという事実を証してくれます。この10年ほどの間各種のフィルムの中からあえてPRO400を選んで撮り続けた僕の意思は間違いなくそこに残っています。ネガを取り出し、引き伸ばし機に掛け、印画紙現像機から出てくる写真を見るとこの気持ちを思い出すでしょう。僕はそれで満足しようと思います。